2007年04月24日

時。確実に流れてゆくもの。


今日も、残業とすら、言えないような勢いで遅くまで仕事していると、
後輩が、クライアントに提案するべく取り寄せた「ミセス雑誌」
「STORY」を見ていた。


L0001208.jpg


覗き込む、俺。

特集は、
「もう一度、LOVE LOVE LOVE」
かわいい40代特集。もう一度プロポーズしてくれないの?
「そろそろLOVE色、赤を着こなせる女になれた?」・・・・


日本は、恒久平和を誓った国であることを
心から実感しながら、グラビアを追っていると、
たしかに登場する40代のみなさんが、若くて美しい。
はっきりいって、いける(何が?)。

そう思いながら、後輩に、
「近頃、男女とも昔に比べたら、
 圧倒的に年齢より若く見える人多いよね〜」
と投げてみた。すると彼は言った。

「コヤナギさん、それは確実に地球の自転スピードが
 早くなっていて、今の1年て、昔でいうと300日位で
 回っていると思うんですよね」
「だから、35歳くらいの人が29歳位に見えるのは、
 実際昔の29年分しか経ってないからなんですよ」

滅茶苦茶な理論だが、圧倒的に1年が加速している
僕にとっては、綿が水を吸うように納得できる理論だった・・・。






そんな、時にまつわること。




先日、帰郷した。
僕の故郷は、近頃白骨が出たりしておなじみの、大牟田という所だ。
車で一人出かけた僕は、何かに導かれるように、母校に向かっていた。


母校。しかも、小学校。三池小学校だ。


大学卒業後、近くまで行ったことはあったが、
中に車をとめ、降りてみた。おそらく20年ぶりくらいの地だ。

校舎の一部は変わっていたが、
細部は、卒業後20年以上をへても、変わらないものがたくさんあった。



miikeKEY.jpg




この「SOL」というブランドの鍵は、
おそらく20年以上前もかわっていなかった。信じられない。



miikefence.jpg




そして、校舎を巡るこの柵も、絶対に20年以上変わっていない。
体育倉庫や「考える人」の像など、この20年におこった、
テロや戦争や地震や異常気象やバブル崩壊や僕の挫折や栄光など、
何もなかったようにたたずんでいた。



土曜日の午後。
小学校はゆとり教育で、休み。
子供達が数人運動場で遊んでいるのみ。


しかし、静かな土曜日の午後に聞こえてくる、
まわりの「音」。
まわりの「気配」。
身に覚えがある。10歳そこそこの自分がいる。


そういったことが、一気に僕の体に響いて来て
本当に聞こえているのか、
それとも、自分の小学校時代の記憶が
猛烈な勢いでよみがえっているのか、曖昧になって、
不思議な感覚に襲われた。



激烈な毎日に些細な記憶すら、おろそかになっている毎日。
どうして、小学校の地に立つだけで、
体の感覚までが震えるのか?
それが、記憶という人間の能力なのか。




それを、どれくらいの時間で、
消し去ることができるのか。










20日。僕は一つ歳を重ねた。



そして、その日、
大学の先輩にして、同業ライバル会社の
尊敬する専務が亡くなった
という知らせを聞いた。
驚愕した。
まだ、60歳。膵臓がんだったという。




本当に、広告クリエイター然とした方で、
男気のある人。
僕が、あることで業界の中で色々言われている時も、
パーティーの席でそっと近くにきてくださり



「大丈夫。わかっとる奴は、わかっとる。堂々としとけ」



と。

他社の僕にも、男としての対応。
感激した。

そしてそれが、最後に会った日。

前職時代からお世話になった人だった。
そんな我々の時間も容赦なく、流れ、突然のお別れとなった。
通夜の祭壇に手を合わせ、棺の中の先輩に
お分かれした。もちろん、返事はなかった。




いま、ベストセラー「バカの壁」の後に出た、
「死の壁」という本を読んでいる。


sinokabe.jpg



別に、哲学的なことを求めているわけではないけれど、

「過去、何兆人という人間で、死ななかった人は、一人もいない。
 人間の致死率は、100%なのだ」




誕生日。
20年の記憶を強烈によみがえらせる場所。
そして、尊敬する人の死。


いくら考えても、いくら悩んでも、いくら悲しんでも、
答えは一つ。




時は、
確実に流れてゆくもの。



必死で生きて行こうと思った。


cromagnon69 at 00:57│Comments(6)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by ウェルカム松田   2007年04月24日 19:36

「三池小学校」!
私は「高取小学校」でした。
実家から全速力で30秒のところでした。
写真にも載せていらっしゃったのと全く同じ”柵”を飛び越えて、
校内に出入りしていました。
懐かしさがこみあげて来ました。
私も16日にひとつ歳をとりました。37歳になりました。
ちょうど25年前(四半世紀!)に通っていた私の小学校も、今だ健在です。
久しく校内に入ったことは無いのですが、いつも実家に帰るたびに外観を眺めては、嬉しいような寂しいような気持ちになってます。
人口減少が激しい大牟田ですから、我が「高取小学校」もいつまで”存在”していることか...
人間の致死率は100%。
やがて田舎の小学校の「廃校率」も100%になるのでしょうか?
人類がある限り地球の生命力は衰えていく。
でも、人類が皆死んでしまったら「ヒト」として何も生まれないし、何も残せない。
この変えがたい矛盾の中で、我々は地球に”生かされている事”を
胸に、また明日の朝も”目覚め”たいものですね。
2. Posted by ハリーハラー   2007年04月24日 21:12

人間は本来、多次元の存在かもしれません。
異次元では、時間も空間もたたみこまれているという説もあります。
小学校という空間を通じて 異次元にアクセスした瞬間を 体験したのでは・・・
何かに導かれるように20年ぶりに母校に向かったということが一つの奇跡です。
明らかに 覚醒の時が 近づいているようです。
この世で 生とか死といわれる概念も多次元の視点では幻想かもしれませんね・・・
某専務様告別式での友人様の弔辞は感動的でした。
「しばしの 別れです。また、向こうでも 必ず親友になろう・・」と。
生・死を超越した心からのこの言葉・・・凡人には 言えません。
3. Posted by クロマニヨン   2007年04月25日 11:25

>ウェルカム松田さん
高取小学校ですね・・・
小学校時代、隣接小学校ということで、ライバル視してました。
小さい世界だけど、あのころの僕らには、大問題でした。
地球に生かされている。
鉄板でみんな、こういうことを忘れてますね。
謙虚にがんばりましょう。
4. Posted by クロマニヨン   2007年04月25日 11:32

ハリーハラーさん
時間も空間もたたみこまれている。
というのは、興味深い表現ですね。
「この世」とか「宇宙の成り立ち」とか、「時間の概念」とか、
そういうの考えていると、人間の認識している「真理」のレベルなんぞ、
ホコリくらいなんじゃないかなと。
専務の告別式弔辞。
感動ですね。
聞くだけでも涙が出ます。
ご冥福をお祈りします。
5. Posted by HER   2007年04月25日 16:01

コヤナギさま
お誕生日、おめでとうございます。
三池高校だったりもされるんでしょうか?もしそうなら意外なつながりがあるかもしれません。
夏に同期入社の先輩が白血病で亡くなったとき
弔辞で
「今日という日は昨日亡くなった人が生きたくても生きられなかった明日です。
残された私たちは精一杯毎日を大事に生きていきましょう」
と言われました。
私はつい日常に追われてやっつけ仕事になってしまったり
できない言い訳をしてたりします。
そんな弱い自分に負けそうなときは
いつもその言葉を思い出し自分を戒めます。
そして出会いがあるように別れもあるのだと思うからこそ
どんな出会いも奇跡であり必然だと思い大切にしたいと考えています。
6. Posted by クロマニヨン   2007年04月25日 19:03

>>HERさん
「今日という日は昨日亡くなった人が生きたくても生きられなかった明日です。
残された私たちは精一杯毎日を大事に生きていきましょう」
「どんな出会いも奇跡であり必然」
胸にぶっ刺さっとります!
毎日を。
出会う人、一人ひとりを。
いい言葉をありがとうございます。
ちなみに、三池高校ですよ。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
livedoor プロフィール
Amazonライブリンク