2009年01月06日

100年に一度。1000年に一度。本質。


 
 
100年に一度の危機。
 
 
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↑ クリックは一日に一度・・・
 
 

昨年から100年に一度の危機だ・・・なんていわれる。
耳にタコができるほどきいた、
サブプライムやらリーマンなんたらのせいで、
景気は冷え込み、円高なのに株安で、あのトヨタでさえ
半期赤字で、国内優良企業が派遣社員を切りまくって
職を失った人が何万人もいて、それを救う
派遣村?というのができて、それに何百人もならんで
それをワイドショーが大きく取り上げて、
また暗い気持ちになるという、
正に、いいことなしの八方ふさがりな雰囲気だ。
 
 
で、100年。
 
昨年より何度が書いている、
おいらの爺ちゃんが、昨年12月24日で、100歳になった。
 
 
100face.jpg

100歳フェイスでる。
 
100cake.jpg
 
↑こんなロウソクとかたててお祝いしてみた(笑)。
 
 
 
 
軽々しく100年というが、じいちゃんが丁度生まれて
現在までの中で、あるかないか?の経済危機ってことか?

いや、経済だけでなく、それに伴う
社会不安や生活不安も含めて言ってるのか?
 
 
いかんいかん。

 
じいちゃんは、生きている間に
1918年に始まった、第一次世界大戦も
1939年に始まった、第二次世界大戦も
もちろん経験しているし、
満州で敗戦して、2年かけて(僕のおふくろを連れて)
祖国に引き上げるという地獄の思いをして、
帰国したが、敗戦国の一般生活は壊滅してて
超貧乏で・・・・

という長い長い話を聞かされてきた・・・。


絶対、この100年におこったことの方が
壮絶にヘヴィな事たくさんあったに違いない。






 

年末帰省して、じいちゃんに再会した。


戦時中、帯刀を許された程の人。
物心つくと、
矍鑠(かくしゃく)という言葉そのものが歩いている
ような爺ちゃんだった。

しかし、 
ほぼ視力を失い、足も悪くなり、
しかも直近の記憶に混乱をきたしながらも
必死に社会性を保とうとする姿を見ていると
100年という月日に対して
すごい「恐怖」と「畏怖」みたいなものを感じた。

だから、100年に一度の危機・・・
みたいな言葉はどうも言葉遊びにしか感じられない。
 
 
 
08年2月号の「日経ビジネス」にこんな記事があった。
 
 
「近頃、子供を狙った凶悪犯罪が増えている」
 
 
という意識についての調査結果で、
対象者の50%が「とても増えた」と答え、
対象者の30%が「やや増えた」と答えている。
つまり、80%以上の人が

「子供を狙った凶悪犯罪は増えている」と感じている。
 
 

しかし。
  

実際は、
1984年から2005年までの、21年間で、
犯罪により死亡した、0〜9歳の子供の数は、

約280人から、約70人へと、
4分の1になっている。

つまり、

実際は、子供にとっては
安全な世の中になっている
 

というのが事実なのだと。
 


また、
「最近は、昔に比べて転職者が激増した」
 
という意識も、一般的に非常に高いことを紹介されていたが

実際は、

ここ30年、転職者の数はほぼ変わっていない。




たぶん、マスメディアの影響だ。
別に批判するつもりはない。
世の中に「波」をたてないと、流行や空気は作れないし
そうしないと、モノやサービスは、売れないだろうし。
実際、自分もマスコミ業界の末端だし。
 
 
けど、想う。
 
その、100年に一度とやらの危機を
乗り越えるためには、このへんのこと。
つまり、本質を知っておくこと。
 

もう、みんな書いてますけど、
元旦の、サイボーグ009の全面広告。
2009にちなみ、1000年に一度の009イヤー。
元旦にたつやくんがメールくれて知りました。
 
473c0461-s.jpg
 
あれから45年。

人類は 戦争をやめたか。

差別や貧困を 根絶したか。

物質文明は 人を幸福にしたか。

美しい地球を 取り戻したか。

科学は すべてを解決したか。 
  
神は いたか。

世界はもう、サイボーグ009

を必要としなくなったか。

 
 
 

げ。
人類何もできてねぇ。






けど、こういう
広告のメッセージがやたらと多い。


日本人は、
もしかすると、
ちゃんと本質に帰らなきゃっていう
自浄作用が働きだしているのかもしれません。


100年に一度の危機。
 
爺ちゃんの100年間に比べて違うとすれば、
 

将来への希望、未来への希望が
どう考えても簡単に持てない・・という状況。

 


それが、
100年に一度かもしれません。

 
 
 
 
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cromagnon69 at 02:15│Comments(3)TrackBack(0)日常インサイト 

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この記事へのコメント

1. Posted by Y   2009年01月06日 10:51

結局は経済論をいろいろ勉強してみても資本主義では限界というか貧困などは無くならない訳で・・
社会主義や共産主義に行き着くけどやっぱりそこでも貧困や格差がある。
不景気何て人間が作り出した現象に過ぎず、日常普通に食糧もあるし、アミューズも存在する。ただ、一部の投資マネーの流動がもたらした愚像だと思います。
これだけの国家予算やいろんなお金が使われるのなら全世界の暗黙の裏世界でそのお金をサブプライム構造の修正に当て込めば良かったのかもしれませんね。
2. Posted by mt   2009年01月06日 12:55

未来への希望は確かに持てにくいですが、それでも第二次大戦中やその前後に比べ、
周りの人たちの死ぬ確率は激減しているわけで。
なんだかんだで死なない生活は出来ている訳です。
実際派遣切りとかで切られた方の中に、自殺者は出ていても餓死者は報道されていない(実際にはどこかにひっそりいらっしゃるかも知れませんが)。
記憶の中で餓死者が出たのって、最近では去年か一昨年に一人生活保護受給者の方が亡くなってるのが見つかったくらいです。
でもじいちゃんばあちゃんの話を聞いてたら、戦時中は割と良くあることだったみたいで。
蛍の墓みたいな栄養失調からの死もほぼあり得ない環境です。
でも貧困国では今だに現状なわけで。
そう考えるとなんだか今の状況で希望が持てないなんて、
ちょっと贅沢過ぎる気もしてきますね。
じいちゃん世代ぐらい、がむしゃらに働いてひっくり返せバカヤローってことかもしれませんね(笑)
3. Posted by クロマニヨン   2009年01月06日 14:06

>>Yさん
正にそう。
トヨタ自動車九州(株) 宮田工場がありますよね?
たぶん、ここでも多くの派遣社員が切られてると思うけど、
近くにある無数のゴルフ場には、
た?くさんゴルファーが正月遊んでる。これが現実。
そういう矛盾は、絶対なくならない!って悲嘆にくれるのではなく、自分がどっちになるか?を考えながら、努力し生きるしかない。
厳しいけど。
>>mtさん
激しく同意。
爺ちゃんが、もっと鮮明な意識や
昔のような気概があれば、絶対
同じこと言ってます。
がむしゃらに、
そして、とことんがんばるしかないです。

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