2009年04月19日

人生の最後。30代の終わり。


ご無沙汰でした。
 

身内の不幸とか書くと
重くなってしまいましたが、
先週日曜日の未明、義理の父が亡くなったのでした。
 
お気遣いいただいた方々、
誠にありがとうございました。

また、お知らせできなかった方、
ここを読んで連絡をいただいた方々、
ご心配をおかけしてすいませんでした。

まずは、ご挨拶を。



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この週末、「初七日」が終わった。

お義父さんは、享年72歳。
まだ、若い。

が、若い頃に仕事の関係で、肺を患い
以来、悪化するしかない、その肺の病気と、
20年以上戦って亡くなった。 

最後は、肺は弱り切り
「息は吸えるが、吐けない」という最悪の状況を
最新の人工呼吸器で対処し、
薬で体を持たせながら、我々のお見舞いをうけていた。

人間の運命と医学との折り合いというものを
僕らになげかけながら。
最後は、最愛のお義母さんと娘に見守られながら
静かに息を引き取られたと。

皆さんも、誰かしらの「死」に直面されたことが
あると思います。
その度に考えてしまうであろう「命の意味」。

お義父さんが、
最後に楽しいと思ったことはなんだったんだろう。
最後においしいと思ったのはいつだったのだろう。
最後は、病気から解放されただろうか。
病気じゃなかったら、どんな人生だったんだろう。
 
こういう流れだと、人生、
一瞬一瞬を大切にしなきゃ・・・・
っていう、ありきたりな表現を使ってしまいそうだけど、

今回のように、長く病気と戦いながら、
多くを語らず世を去らざるを得なかった
お義父さんの死を通して、
    

多くを抱えすぎて
苦しみながら生きるのは
得策じゃない。




通夜を控えた夕刻の空。
お義父さんにそう伝えられた気がします。

sunset-hayashi












 



生活や雇用や食料や高齢化や
考えだしたらきりがない現代。

そして個人としても抱える多すぎる仕事。
それでも解消しない不安。
コールタールのように
胸にはりついている日常のしがらみ。

社会人の責任として、負うべきことは
確かに全うすべきだけど、
自分という人間の「命」が
全うできる量とか
重さを超えると、誰一人幸せにならないと。


とはいえ、
明日からまたがんばるんだろうな。

 
”身内の死を重ねて人は大人になる”
と僕の師匠がメールをくれた。

”40代は人生が有限であることを
強く自覚する年代だ” と本で読んだ。




お義父さんの人生の終わりに
色々と考えたり、
感じたりしながら、

僕は今、
30代最後の瞬間を迎えています。




アポロ11号が月に行った年から
早40年。今後も宜しくお願いします。






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cromagnon69 at 23:36│Comments(0)TrackBack(0)日常インサイト 

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