日常インサイト

2016年05月04日

震災の地「阿蘇」へ。


熊本・大分の大地震。
一回目の揺れの時、親しい友人とお店で飲んでいた。
すると、店中にいた人の携帯から、あの「緊急地震速報」の音がなりまくった。
あの「ビュゥビュゥビュゥ」ってやつだ。

店内は、一瞬静まり返った。
そして、数秒後、かなり長く強い揺れが、本当に 襲ってきた。

その後も、あの「忌まわしい音」が鳴るたびに、
感じるようになったことが一つある。
「かつて、こんなに精神を打ちのめす音はない」と。

そして、なぜか?を考えたのだが、
僕としての結論はこうだ。

これほどまでに、
「確実に悪いことが起こる!」という事前通告
今までの人生で受けた経験が、僕らになかったから。


人間、予言だ占いだと、未来の話をされることはたくさんある。
「ノストラダムスの大予言」など、世界が破滅するかも!
っていうとんでもない予言だった(事実1999年も無事すぎた)。

しかし、よく考えると、

「間違いなく、良くないことが起こることが、ほぼ100%の警告」
「数秒後に、揺れがくる、ちょっとかもしれないけど、下手すると、自分の家も崩壊するような、超巨大な揺れかもしれない!」


という、数秒後レベルでの「恐怖新聞」の現代版だ。

だから、本能的に精神の耐性が、そうそうできるわけがない。
もう、聞きたくない・・・・



そんな、ブログを書いている間も、
避難生活を続けている方々はたくさんいらっしゃる。

僕の奥さんの実家は、熊本県荒尾市であり、
僕の前職は、熊本県の(三井)グリーンランド株式会社だ。
20代のころは、デートもキャンプもドライブもバイクのツーリングも、全部「阿蘇」だった。そのくらい想いはあった。熊本に住む親戚から、無事だけど「熟睡したいから」ホテルをとれないか?と相談を受けて手配した。彼らは、ホテルに10泊くらいして、やっと自宅に戻っていった。

高島市長が、大名小学校で「with the 九州」の旗印の元、迅速な支援物資の募集を展開したことに、拍手を送り、路上の義援金箱にお金を入れたりしていたが、自らが出向いて、ボランティアをやるというのは、「自分として」は何か中途半端な気がしていた。 
「興味本位な自分」がいることも否定できなかったからだ。
いや。1日でも半日でも、現場に入って、荷物の一つでも持った人は、本当に尊敬します。
けど、僕としては・・・ということで理解してください。


そこへ、GW前に、熱い先輩:一ノ瀬勇氏から連絡があった。

「友人を助けてくれないか?」

ご両親は既に亡く(震災ではなく)、息子さんも住んでいない「無人」の家。 
家財道具も、家具もそのままの古い家だが、
震災で、思いっきり傾き、もう壊すしかない。

そのために、家の中のものを全部出さねばならないが、
元旅館で、荷物が膨大にあるので、

「手伝って欲しい」と。

何か呼ばれた気がした。
場所は、これまた幾度も足を運んだ「阿蘇神社」のすぐそばだという。
個人的に、世話になってる先輩の知人の「人助け」に行く。

そういう風に考えると、自分と折り合いがついた気がして、行くことにしたのだった。


5月3日(祝)。
午前5:00に、男3人で福岡を出た。
午前9:00の集合だったが、全く渋滞もなく、午前8:00前に着いた。

現場は、阿蘇神社の本当に目と鼻の先で、我々は、意を決して阿蘇神社に行った。

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大げさではなく、目に涙がたまった。
偉大な神様が、片膝をついて、苦しんでいるように見えた。

もう、工事養生壁が建てられ、
中は良く見えないが、あの楼閣から、拝殿までぐちゃぐちゃだった。

灯篭や、柵も倒れまくっている中、横風に強い雨が混じる。


我々は、やばいですね・・・
とか、本当にうすっぺらい言葉しか出ないくらい、現実を突きつけられた。


そして、今日の現場へ。
我々は、現場について愕然とした。

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奥のクリーム色の建物が「垂直」である。
これは、カメラが広角とかになっているのではなく
このままの実感地で、道路から見て奥に大きく傾いているのだ。

この、長らく誰も住んでいない、何十年も前に廃業した、古い「旅館」の中に、そのままに残されていた「布団」「着物」「食器」「本」「生活雑貨」などを、、3つの部屋に集約する作業をしたのだった。

実感したことは、

傾いた建物中は、感覚をおかしくするということだ。

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この写真の上部手前の、横の柱が「水平(のはず)」だ。
家全体が、左下へと落ち込もうとしているのがわかる。

後、いかん部屋は、一階奥の台所だった。

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勝手口のドアが、「ムンクの叫び」のイメージで、完全に押しつぶされていた。

いや、

「押しつぶされて、いっていた(進行形)。」

僕らは、この建物に、6時間弱いたが、
劇的に傾いていっているのがわかった。
たぶん、いつかは、奥にグチャって行く予感ばりばりだった。

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ちなみに、こういう現場には、正式なボランティアの方は、入れないので、ご安心ください。今回、我々は、友人の仲間として参加しているので。



「もう一度、同じこと、がんばってくれ!」
と言われたら、ちょっと、もう、できないというような作業の連続でした。

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我々が集積した、この家一軒分の「震災ゴミ」は、8畳の部屋3つが、「空間」もろとも、パンパンになるほどの量でした。
そして、地元業者の方に聞いたら、こんな感じの家が、マスコミ発表で「10000棟以上」。実感値としては、18000軒くらいはあると思うとのこと。


もちろん、行き帰りの道中でも、
完全に崩壊している家が何棟もありました。

激しい風と雨。
いたるところが行き止まりで、Uターン。
おまけに、視界10メートルほどの深い霧を車で帰りました。

しかし、コンビニは、意地でも営業をしている。
がんばろう!と自分たちで書いた貼り紙がある。
そして、自分たちの作業が、ものすごく感謝される。

「自分ができることを」という言葉があります。

そして、もっともっと深くかかわって支援されている方の、ものすごい重いお言葉もたくさん目にしてきたので、僕なんかが、何か軽く書けません。

ただ、僕のこの体験を、ブログで読んだ皆様が、今、どう感じていらっしゃるかですが、僕は思い切って行ってよかったと思っています。 
こうして、数千人の方に、現状を伝える。これだけでも自分の役割だと思えたから。

大袈裟に報道されすぎて、もう「九州もやばい。だめだ。」と言われたくはない。
しかし、本当に「もう、だめだ・・・」と思っている人もまだまだいらっしゃる以上、支援のためにも、出来事を風化させるには、まだ早い。

大切なのは、ちゃんと、忘れないことだと想いました。






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2016年02月03日

街の風景なんてすぐ変わる


先日、facebookにあげたら、たくさん「いいね!」ならぬ
「リアクション」がついたネタ。

福岡市中央区の昭和通り沿いにある「理研」さんのビルの
屋上にあったこの看板。

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理研のシェフおじさん(仮)看板

この看板は、あらゆるところで目撃されている。
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全国進出の際は、新聞にも載ってたらしい。

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この看板の主は、

「理研農産化工株式会社」さん。
本社は佐賀にある、企業だ。


僕は、2003年に、今の会社に転職してきて、
このあたりはそれ以来ずっとうろうろしているのだが、
それでも、この看板の前に何がついていたかも記憶がない。
ってことは、少なくとも、6〜7年以上はついてたのかな?と思う。

僕は、このおじさんと毎朝のように目が会うたびに
「コンチワ〜」とか挨拶しながら通っていたのだが、

先日、ふと見上げるとこうなってた!

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セキスイ!!!!!



あの、シェフおじさんは、まだまだ日本中に
たくさんいるみたいだけど、天神最大看板は無くなってしまいました・・

氏神様を失った気分です!涙


けど、これも数ヶ月すると、景色は当然のものとなって
日常に埋もれていくんだろうなと。



もう一つ、街の風景でいうと、天神と中洲の真ん中にある「水上公園」です。

ここが、今年7月に生まれ変わると。

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お〜!

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あの『bills』や、中華の名店『星期菜(さいけいつぁい)』が入るとのこと。

そういえば、前は、こんな感じでしたね。もともとは、 
謎のオブジェと 
大量のカラス達とHLの方々の住処・・・ 
というイメージでした。 











ちなみに、『Y氏は暇人』さんのブログで見ると、昭和初期はこんな感じだったとか!おい、インドか?と。笑














その時代、その時代で、
その時にあるものが、当たり前だけど『最新』で、街に住む我々は、それとかかわりながら毎日を過ごす。

これダセェとか、
これは好きとか思いながら生きてる。

ダセェけど、そこが好きなものもあれば、カッコいいけど、なんか惜しい…とか。

そういうのが、人生の風景となって刻まれていく。

これから、2020年に向けて、
『天神ビックバン』で、天神の街が大変革していく時代に生きている僕らが、晩年記憶に蘇る風景は、どの時代のものなのかなぁって思う。

博多駅周辺の大変革は、また取材するとして、まずはこの水上公園が『大好きな場所』に生まれ変わりますように!

『bills』楽しみ!

















着々!







 


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2016年01月04日

2016年の初めに。




新年明けましておめでとうございます。


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(小柳家のでかすぎるダイダイでおなじみの鏡餅)


もう4日なんで、皆さんシゴト始まってますかね。
本年度も、コヤナギブログを、たまに覗いていただけると嬉しいです!
よろしくお願いします!


毎年、弾丸のように過ぎていく一年…という表現をしたくなる感じですが、

僕にとっての2015年は、
生涯忘れられない『挑戦』の一年でした。



一つは『トライアスロン』。

2011年に、BOND創刊号の表紙に『本田直之』さんになってもらい、イベントで来福していただいたときに「トシロー、トライアスロンやったら?」と言われたのが最初。

もちろん、

トライアスロンなど、自分的に完全別次元スポーツであり、

「いいっすね〜」とか、曖昧に返事して誤魔化してました。
しかしその約四年後、つまり昨年:2015年の年明けに、突然に自分のスイッチが入りました。
いろんな情報や、自分との向き合いを経て、本当に、カチって音がするように。
出ると決めた、「宮崎シーガイアトライアスロン」のオリンピックディスタンスは、SWIM:1.5km BIKE:40km RUN:10km。

しかし、昨年2月25日に、POOLで泳いだら、28mしか泳げず、恐怖に打ち震えたのを強烈に覚えています。

この瞬間から、まさにずっと「挑戦」の一年間でした。

このトライアスロンの挑戦日記は、
ちゃんと綴ってみたいので、これくらいにしますが、
本田直之さん主宰のトライアスロンチーム「ALAPA」に入れてもらい、多くの素敵な仲間たちに会いました。

時間があれば、とりつかれたように、泳いで走ってました(笑)。おかげで、カラダは人生最高の仕上がり(笑)になりました。
それから5ヶ月後の大会でゴールして(結局、SWIMは台風でキャンセル!涙)得たものは、

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この歳になって、
ゴールでたくさんの仲間たちに祝福されて、
本気で、不意に、涙が出そうになった自分を、
強く認識できたことでした。


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46歳でも、こんな心境になれるんだと。
めちゃくちゃ、豊かな経験でした。


もう一つは、

『フルマラソン』

トライアスロン(実際は、デュアスロンだけど)への出場のために準備した僕の、大きな変化は、「走る」ということへの嫌悪が、ゼロになったことでした。

プールで28mしか泳げなかったと書きましたが、
ランニングは、2月1日に、大濠公園を友人の中矢くんと、初めて走った時は、

2週目の途中で、スタバに逃げ込みました(告白)。

大濠公園の1周は、2km。
つまり、3kmで「もう限界ばい!」と言ったのを覚えています。
中矢くんは、知っています(笑)。


そんな自分が、9ヶ月後の11月8日の「福岡マラソン」に出場したのです。

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そして、完走しました。

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(後輩の小町くんと、グッデイの柳瀬さん!ヘロヘロでしたが:笑)


フェイスブックにも書きましたが、
30kmくらいまでは、サブ4いける!とか、実際思って走ってました。
しかし、35kmから、配電盤のブローカーを落とすがごとく、脚が動かなくなり、、激痛が走り、やめる言い訳を考えながら走っている自分と、戦ってました。
そして、とにかく後半は、辛く辛くてたまらない状況を乗り越えて、完走して思ったものは、

「フルマラソン」が単なる「言葉」ではなく
「フルマラソン」という実際の体験を伴う
「自分ごとの行為」として自分に同化したことです。


これは、「トライアスロン」も同じです。

2014年の僕にとって、「トライアスロン」も「フルマラソン」も単なる「単語」でした。
「俺には関係ない」「俺は陸上部だったけど短距離だった」「俺は泳げない」「俺には、高い自転車を買う余裕はない」「俺には・・・」
そんな、言い訳がたくさんつまってて、それで自分を納得させるに余る「単語」でしかなかった。

けど、本気で向き合ったら、「自分の人生の一部」に組み込まれる。



昨年11月末。
今年入れてもらったばかりの、トライアスロンチームの「ALAPA」を解散する!と、本田直之さんが宣言しました。びっくりしました。8年目。僕は新入りだったので、すごく新鮮で楽しかったけど、本田さん曰く「良い時にこそ変化しなきゃいけない。マンネリはだめだ。常に挑戦しないといけない。」そう言って、ALAPAは解散しました。すげぇなと思いました。
最後の解散パーティーで、同メンバーの佐々木圭一くんが書いたコピー。

"
変わらない者は生き残らない。

チャレンジの先にしか歓びはない。
現状維持は、退化だ。
僕らはチャレンジする仲間の集まりであり、
チャレンジする仲間を応援する集まりである!"



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ALAPAは、挑戦するテーマを持つ人が、再び集まって再出発します。

ずっと、楽しく豊かに人生を続けるとはこういうことだなって、皆さんと叫びながら、胸に刺さりまくりました。




2016年。
僕は、4月に47歳になってしまいます。
先日、33歳だったし、ちょっと前は19歳だったけど、
現実は、50歳まで3年というところまできました。

仕事や家庭や友人や、色々な出来事はたくさんおこる。
けど、ほとんどが受け身だったりします。

人生にとって
豊かなことや、
強烈に残るようなことは、
自分から、本気向き合ったことしか
そうならないと確信しました。


僕の周りには、多くのことや大きなことを成し遂げた人がたくさんいる。
常に、とどまらず、面倒で困難なことに、つき進んでいく。

僕の周りには、なにも大してやってないけど不満ばっかし言ってる人がたくさんいる。
常に、何かいいことないかな?とか、環境さえよくなれば!とか言っている。


僕は、やっぱし前者になりたい。
毎日の仕事をちゃんとやるのは大変です。

けど、同じことだけをやってても、たぶん明日も自分は同じ人だと思います。

「そうはいっても、今の状況はねぇ〜」

そういって、
自分が動けないことにしてしまう。


多くの成功してる人にしてみれば、
46歳で、今頃そんなこと言ってるの?笑
かもしれないけど、この正月、昨年の自分を振り返り、
ずっと色々考えてて、そう思った。


人間が一番壊そうとしないのは、
自分自身の既成概念だ。

と思う。
勝手に自分は、こういうタイプでこういう人間だと決めている。
漠然と諦めてる。

他人や他社に提案する企画で、既成概念を壊して・・・

とかいう前に自分だと。



皆さん!
フルマラソンやろう!とか、
トライアスロンやろう!とか
言ってるのではないですよ。

自分が、挑戦したら、何か開けそうなことを、実際やってみるっていうのはどうですか?
っていう、おすすめです。


今年は・・・・ではない。
僕のこれからのテーマは
ずっと「挑戦」に決めました。



長くなりました。
熱すぎましたね。すみません。

今年も、コヤナギブログ。
そして、これまたチャレンジングな展開をしていく「BOND」を応援してください!

皆さん、2016年もよろしくです!







cromagnon69 at 12:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2015年12月13日

キテる街の法則

先日、全国で『WIRED CAFE』などを展開する、『カフェカンパニー』の楠本先輩が、来福…いや、故郷だから帰福!されてました。

楠本社長は、『ラブ、ピース&カンパニー』という本を出されたばかりで、個人的にも久々に、会いたかったのです。 
























なので、焼鳥八兵衛の八島隊長手配で、夜集合!僕は、2300頃駆けつけました。

楠本さん囲んで、真面目な話しと、馬鹿話の割合はさておき、とにかく刺激的で気持ちがアガりっぱなしだったのですが、終盤になり、合流してきてくれたのが、JOHN KIMMさんと四角大輔さん。


JOHN KIMMさんは、人生や幸福を考察する数多い著書は元より、人生の哲学から女性への恋愛トークセッションもされてている。今年出会って、よくお会いするようになった。



















四角大輔さんは、誰もが知ってる何人もの某有名アーティストのプロデューサーとして、CD累計  2000万枚分位のシゴトをしたあと、全部やめてニュージーランドに移住したツワモノ。その経験も元に、価値観やライフスタイルを発信し続けている方。
























おー!とか、わー!とか、いいながら再会を分かち合ってると、東京ではともかく、ほぼ打ち合わせなしで、この時間に、
福岡の薬院で、このメンバーが集まるというこの現実はすごいなと。
幸運というか、縁というか、すごく不思議な気がしたのでした。














そして、今日、東京に戻られた楠本さんとやりとりしてる中で、この、縁深い夜は良かったですねぇ〜なんて言ったら、楠本さんがこんなことを言ってくれました。

トシロー。
クリエイティブタウンの指標の一つとして、こういう『偶発的なケミストリーが起こる度合い』っていうのは、絶対あるんだよね。


もう、なるほど!と。
すごく、嬉しくもあり、そして納得しました。

確かに、魅力も、用も無い場所には、おもろい人はやって来ないし、集まらないでしょうから。そして、その場所で地元の人含め集まったりとかなおさら。


実は、楠本さんらに会う直前に、ELLE cafeの小倉社長さんを、春吉でご紹介されてたのでした。すると、この方は、元カフェカンパニーだった!ということが判明!!鳥肌たちました。

まさに、偶発的ケミストリーナイト!

福岡には、いろんな分野でこうして楽しい方々が集まって来てると思います!うまく、地元の、人や文化や、あと良『くも悪くも福岡の癖』にも、融合してもらって、独自の楽しさを生み出していきましょう(^^)!!



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2015年12月12日

トレンディ…(^^)



トレディ…ときたら、皆さん何ですか?
『ドラマ』ですか?うむ!さては90年代に青春だった方々ですね!笑。
それとも、頭に『日経』ってつけたくなりますかね(^^)。

今日、私は、あの天下の『岩田屋』さんの5階メンズフロアにて、
その名も
『メンズファッション トレンドトーク』
というイベントに参加させてもらった。

売り場フロアのど真ん中での開催ということで不安をかかえつつ、二時間前に会場に行ってみたら…













完璧でした。

1400から、45分ほどのトーク。














岩田屋メンズのバイヤーさんたちが、何をテーマに、アイテムを選んでいるのか?というコンセプトを聞くのは面白かった。端的に言うと、これが『トレンド』になるんだなと。






















会場では、スパークリングワインを太っ腹な飲み放題。こういうのは、いいですね。


自分自身『ヂカギキ』を始め、たくさんトークショーしてきた経験から言うと、この手のトークイベントにお客さんが求めているのは、

実用的かつ、具体的なこと。

なので、コンセプトやテーマの説明をさらっと流した後は、具体的なことのオンパレードで進めました。













同じジャケットで、インナーとパンツを変えることで、着こなしの幅が、広がることの実践。

今年の小物、中でも鞄のトレンドとしては、今までトートバッグがずっと来てたけど、徐々に、ビシネスブリーフにもどっていると。ふむふむ!

また、
季節がらストール(マフラー)の、巻き方も、定番から飛び道具(笑)まで、5種類講座をしました。

そして最後は、、、

岩田屋メンズ
人気のジャケット&靴
ベスト3の発表

を実施。

ジャケットは、ネイビー系チェックのタリアトーレのジャケットが一位。
靴は、チャーチのデザートブーツが一位でした。

みなさん、あくまで、これは岩田屋メンズチームが薦める、今年のトレンドです。他のショップ、雑誌、推してるものは細部では色々違いますね(^^)。

けど、色々言っても、詰まるところの正解は、『自分らしく』をどこまで分かって実践できるか?ですね。


世の流行は、インプットした上で、自分が好きな、そして自分らしく見せてくれるファッションが出来るようになるといいですね。

そういう人が、

トレンディです!  www

みんな、岩田屋5階に行こう!笑








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2015年12月11日

『オズの世界』に久々に。

こんにちは。
前のブログにも書きましたが、映画『海猿』や、TBSのドラマ『エス〜最後の警官』の原作者として有名な小説家『小森陽一』さんが、僕の前職の三井グリーンランド遊園地の舞台裏をエピソードを元に書き下ろした新作小説『オズの世界』(集英社文庫 11/20発売済)。













この本、案外売れているらしく、特に福岡地区で売れているらしく(笑)、集英社の方にお礼を言われました!

で、今日は、その舞台となった『田舎の』遊園地である、グリーンランドに、小森先生と集英社のAくんと三人で、訪問してきました!

僕が、初めて社会人としてシゴトをした、遊園地。毎日、嘘みたいなことが起こる現場を、当然としてがんばってました。
そして、2003年。僕はグリーンランドを離れたのですが、転職先の広告会社にはいってみて、初めて遊園地の日々は『特殊』だったのだ!と気づいたのでした。

今日は、グリーンランドリゾートの江里口社長がお出迎えしていただきました。

















しかも、盛り上がりを聞きつけてくれた、RKB毎日放送さんと、熊本日日新聞さんも同席取材!













すでに読んでいただいた方も、いらっしゃるかもしれませんが、単に、業界内輪受けではなく、誰もがシゴトを通して感じるシンパシーがちりばめらているのが、この物語の素敵な所です!

僕は、思います。

当時は、楽しかったけど、普通じゃない体験や厳しい思いもしました。

けど、やっぱり。
けど、やっぱり、その時間をアホみたいに真剣に向き合っていたからこそ、今、笑えるし、小森さんに『小説』にまでしてもらえる、巡り合わせのチャンスが訪れるのだと、自信もって言えます!

皆さんも、今、マジ苦しくても、

後で、物語になるぜ!

ってくらいの気持ちで、真っ向立ち向かってください!

僕の『青春の現場小説』ぜひ、よろしければ、ぜひ読んでください!648円です(^^)!








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小倉の焼鳥は◯◯で焼く!?

世の中は広く深いので、知らないことが沢山あるのは当然ですが、昨日、仕事の後で先輩に連れてってもらった店は、ビビりました。

















『好起(よしき)』さん。

学生時代から20年以上通ってるという先輩が、バンバンオーダーしてくれました。こんな感じ。













まあ、焼鳥屋に『豚バラ』があるのは、福岡では当たり前。
当然オーダーしたんですが、マジで、ここの豚バラはデカイ!
















トンテキやん!

の迫力。しかも、170円!!

どうなってる!?小倉!?

福岡と小倉の違いを感じ始めていると、先輩が、この店の圧倒的な違いを教えてくれました。

焼鳥。それは、

基本炭火焼でしょ?

しかしここは、

















鉄板焼き!!

















ネギ間とか、かなりのネタは鉄板で焼かれていました!

2100頃から、2230までいましたが、ずっと満席!その理由は、味とボリュームと値段。
駆け引きなしの人気店で、満腹になり幸せでした。小倉でお仕事の時は、是非!






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2015年12月10日

BONDは狭い


BOND FUKUOKA 14 が発刊して、二週間余り。もう90%まで配布が進んでます。























表紙を飾る、BEAMS 創始者で社長の設楽さんが、Facebookにポストして頂いたことで、東京からも問い合わせが、俄然増えました!設楽社長、感謝です(^^)!
















SNSという、今のメディアで、
フリーペーパーというレトロなメディアが拡散していく。
現在のムーブメントのほとんどは、いつのまにかそういう仕組みになってしまいましたね。

このブログをお読みの方の中には、

どうしたら情報が拡散するか?
どうしたら自分自身や、自分のやってることが『ブランド化』するか?
さらには、自分でメディアを立ち上げたい!

と思っている方も、いらっしゃるかもしれません。

かくいう自分も、そのことばかりを考える、、いやそれが仕事でもあるのですか、未だに極められてはいません。

しかし、
4年間、BONDで、そこを目指してきた中で、
いくつかの失敗や見込み違い
がありました。

実際にブランド化してる数多くの方々と話して、その真髄が見えた!と感じたこともあります。

それらは、貴重なノウハウとなって自分の中に蓄積されています。

それを元に、ちょっとBONDというメディアの構造をタネ明かしすれば、絶対ブラさないのは次の点です。

地方都市『限定』で、
30〜40代のビジネスマン向けに『絞り』、
編集部の『独断』による情報選択で、
ストイックに『こだわり』抜いたデザインを守り続ける。

これらを、愚直に4年間続けてきました。フリーペーパーなのでお金はいるけど、そこを判断の基準にせず。そうです。狭い方へ、狭い方へと攻め続けてきたのです。

しかし、狭くすればするほど、カッコイイブランドさんから、タイアップのご相談が増えていきました。

BONDの最大の威力は、
ローカル都市における、ジックリとした、ブランド浸透です。

それに気付いたのは、
今回のBONDで…

いんいかん。
この調子で書きつづけると、10万字くらいなりそうなんで、このくらいで、また次回(^^)。

一度は、自分の中にあるノウハウを整理して、興味ある方々にお話ししたいなと思ってます。
もう、46歳なんで!笑。

そんな片鱗がたくさんある、BONDのオフィシャルホームページも是非覗いてください!



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【新店】 ホールスクエア福岡 に行ってみた。

キャナルのグランドハイアット福岡の地下に出来た『ホールスクエア福岡』の、プレオープンをご案内いただいた。











(FUKUOKA NOWさんのサイトから、借用させてもらいました!写真素敵です!)

ここは、熊本の食品商社『丸菱』さんが展開する、こだわりの食材メーカー『MARS』さんが手がける、マーケットとグリルが同居する、気持ちいい空間!

ドライエイジングビーフって、もうどこにもあるじゃん!
って思ってましたが、ここは、全部気合の自家生産!大切にガーゼに覆われた熟成牛肉のブロックが、ずらりとショーケースに並んでいます。

われわれ、BOND編集部はご案内を受けて、おすすめ料理をいただきました。












熊本産メインのこだわりの野菜サラダ。

生ハムハーモニーは、鉄板でうまかった。













続いて、様々な、ハムな方々。
ショーケースに、ハムのブロックが並んでるので、なおさらハリが違う!!気がする(^^)。

そして、熟成肉













濃厚です。
噛み切るというより、

歯が肉に『沈む』感触。

そして、どっしりと口に広がる濃厚なお肉の味。美味い。
無尽蔵に、赤ワインが飲める!
って感じる幸せな瞬間が訪れます。

男四人で、がっつり食べて、ワイン飲み散らかして、単価4500〜5000円ってとこですかね。

賑やかなチームで、
『先輩〜!仕事頑張ったし、ご馳走してくださいーい!』の依頼が通ったシチュエーションで行くと、凄くいい雰囲気だと思いました!
ホームページ貼っときます!



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2015年11月01日

僕は「オズの世界」にいた。


僕は2003年に、今いる「BBDO J WEST」という
外資系広告会社に転職してきた。

では、その前は、どこで働いていたのかというと、ここ。

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熊本県荒尾市にある「グリーンランド」遊園地。
当時は、三井鉱山の子会社だったので、

”三井グリーンランド”

という名称だった。 
今は、西部ガスさんが株主となり「三井」は消えた。

僕はその「三井グリーンランド」に、
1992年春に「新卒」で入った。
同志社大学 経済学部を卒業して、

「なんで、そんな田舎の遊園地に就職したの?」

は、当時、いや今でも「鉄板&定番」の僕への質問だ。
僕の就職活動は「1991年」。
バブル崩壊を、世の中が把握できておらず
まだまだの売り手市場。
僕は、超大手を含め7つの内定を持っていた。

その中から、様々な事情が絡んで
「田舎の遊園地」に就職したのだった。

そして、1992年〜2003年までの11年間、
僕は「三井グリーンランド」という、
巨大な「地方の遊園地」の遊園地マンとして働いていた。


「遊園地」で働いていた!
というと、これまた「鉄板&定番」で言われるのが、

「え?何してたの?キャラショー?切符切り?」

という類のものだ。無理もない。

さすがに、近頃は「東京ディズニーランド」の
「伝説のサービス!」とか「スタッフ活用術!」的な本も
乱発していて、巨大な外資系テーマパークの裏舞台には
かなりいい感じでスポットライトもあたっているが、
さすがに、地方の遊園地の裏方スタッフについては、
誰も気にしてはいないはずだ。
いや、きにする必要がない気がする。笑


しかし、皆さん。
ちょっと言わせてもらっていいですか?

11年、地方の巨大遊園地で働いた僕に言わせると、

この仕事は、物凄いシゴトです。

数えたらキリがないような企画を、
皆でやってました。
わかりやすいところをあげると、
新世紀が始まった2001年当時だけで例をあげれば、

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「身長40m 実物大ウルトラマン(2001年)」

これは、企画担当者が英国の会社に発注。
僕は、英国に「九州ウォーカー」と「めんたいワイド」さんを同行して、イギリスに行きました。


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「モーニング娘。」野外ライブ(2001年)

僕が招聘責任者で、ゴルフ場に巨大なステージ組んで、1日2回のライブでした。すごかった!



そうです。このシゴトは、わかりやすく言うと・・・・

億単位のお金を使える
文化祭実行委員会!


という表現が完璧です。
ただし、ビジネスだし、社会的責任もあるしですがね。

とにかく、お客が呼べるなら、何をやってもよかった!

苦しいけど、面白くて仕方なかった!

例えば、普通の花火大会で1時間くらいかけてあげる
8000発の花火を、5〜6分で、一気に連発であげてみよう!というチャレンジでは、想像を絶する状況が繰り広げられたりとか(あんまし、言えません^^;)

考えられない事件が
めちゃくちゃ起こってました(笑)!


それに加え、
企画面だけではなく、
年間当時で、100万人ものゲストが来てて、
ゴールデンウイークは、1日6万人とかいう日もあった。

つまり、
お客様が織りなすドラマが、
半端なかった。


現行犯で捕まった「子連れ」のスリ。
突然行方不明になる「おじいちゃん」。
爆弾を仕掛けたという昼下がりの電話。
駐車場の・・・いや、もうこれまたキリがないのです。


この遊園地時代の思い出は、
いろいろな人と酒の席でお話しすると、盛り上がります。
単なる「面白い話」としては、かなりのクオリティな気がするのですが、その場のネタとして使っていました。


しかし。
一人だけ、その場で終わらない人がいました。その方は、

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小森陽一さん。


小森さん、ご存知ないですか?
漫画原作者/小説家として活躍されてます。

漫画だと「海猿」とか「エス〜最後の警官」の原作者です。
これらは、映画やドラマになりまくってますよね。

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「S(エス)-最後の警官-」

この作品は、TBSでドラマ化され、映画にもなりました。
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この、小森さんが、僕の「地方遊園地の舞台裏話」を飲みの席で話した時に、顔が変わりました(笑)。

そして後日、小森さんに電話をいただき(小森さんは福岡在住!!)、
爽やかに言われました!

「その話を、物語にしてみたい!」

2014年の秋でした。
そう、ちょうど一年前!!!!

その後、一緒に、グリーンランドに同行したり、
当時の僕の後輩たちと飲んだりしました。


そして、2015年11月20日!!!
地方の巨大遊園地におこる物語が、
集英社から書き下ろしの文庫小説として発刊されます!





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     「オズの世界」



先に、原稿を読ませていただきました。
内容紹介はこれ^^

主人公は、
ディズニーランドで働くことを夢見ていた
久瑠美ちゃんという都会育ちの女の子。
しかし、就職後、彼女が配属された先は、
九州のローカル遊園地だった!?
都会と田舎のギャップに困惑しながら、
主人公が、地方の遊園地で人を感動させることに目覚める
成長物語!


残念ながら、僕がいたころの「三井グリーンランド」には、この「久瑠美ちゃん」のような娘はいませんでしたが、周りを固める登場人物は、かなりリアル!!!
はっきりいって、僕もいます!笑

今まで「地方の遊園地」を扱った物語は、
ありそうでなかった気がします。
都会と地方のギャップ。
「東京ディズニーランド」では、こんなことありえない!
とか愚痴りまくりながらも、「地方遊園地」の本当の魅力に気づいていく主人公。

単に、自分がかかわったから!というのではなく、幼少時代に連れて行ってもらった「地方の遊園地の思い出」がある、すべての方々に読んで欲しい!そんな素敵な素敵な物語です!

しかも、ラブストーリーです!


また、発売間近に、ギャーギャー言いますね!

お楽しみに!





cromagnon69 at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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